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東京地方裁判所 平成元年(ヨ)2237号 決定

債権者

宮脇照代

右代理人弁護士

一瀬敬一郎

債務者

株式会社ピーエムエイ設計

右代表者代表取締役

田嵜浩明

右代理人弁護士

竹内一男

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  債権者

1  債務者は債権者に対して別紙債権目録一及び二記載の金員をそれぞれ支払え。

2  債権者が債務者に勤務する権利を有することを仮に確認する。

3  債務者は債権者に対して平成元年四月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日に月額金三〇万円の金員を支払え。

二  債務者

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債務者は建築設計監理及び企画を中心業務とする株式会社であり、代表取締役を同じくし地域開発事業に関するコンサルタント業務を営業の中心とする株式会社プロジェクト・マネジメント・エイジェンシイ(以下「申請外会社」という。)の業務のうちの技術的部門である設計部門を担当することを主たる業務としていること、債権者は昭和六三年六月一五日債務者に雇用され、主として企画調査業務に携わっていたことが一応認められる。

二  本件解雇予告に至る経緯

当事者間に争いのない事実、疎明資料及び審尋の結果によれば、本件解雇予告に至る経緯について以下の事実が一応認められる。

1  東京都渋谷区宇田川地区では昭和六〇年ころから都市再開発法に基づく地域再開発の話が出ており、申請外会社は昭和六一年一二月に同地区内に比較的多くの土地を所有していた会社及び再開発後の建物、保留床の利用について大きな関心を持っていた会社との間に事務委託契約及び業務委託契約を締結し、昭和六二年五月に同地区内の地権者によって宇田川地区再開発準備組合(以下「準備組合」という。)が結成されてからは右の契約は準備組合に引き継がれたが、このころには宇田川地区再開発事業に関する業務が申請外会社の中心的な業務となっていた。

2  宇田川地区再開発事業は、当初に比べて対象面積で約一・九倍に、地権者及び建物使用者の数で約三・八倍に拡大され、申請外会社及び債務者の事務量は増大し、債務者はスタッフの充実強化の必要に迫られたので債権者を昭和六三年六月一五日に雇用した。

3  その後、宇田川地区再開発事業についての申請外会社の業務の進め方をめぐって申請外会社と準備組合との間で粉争が生じ、平成元年一月二六日ころに準備組合は申請外会社に対して、宇田川地区再開発事業に関する事務委託契約及び業務委託契約を解除(以下「再開発事業に関する契約の解除」という。)することを通知した。

4  準備組合から再開発事業に関する契約の解除の通知があった時点で、債務者の従業員は債権者、高畑邦弘、五十嵐智恵子、関口明彦及び星野英明の五人であったが、平成元年三月までに関口及び星野はいずれも辞職し、債務者は同月二七日に債権者に対し、仕事がなく事業を縮小していかなければならなくなったとして解雇の予告(本件解雇予告)を行った。

三  本件解雇予告の効力

1  疎明資料によれば、債務者の就業規則五〇条本文には「会社は、次の各号に掲げる場合に従業員を解雇することがある。」と、同条四号には「事業の縮小その他会社の都合によりやむをえない事由がある場合」との規定があることが一応認められる。

2  そこで、本件解雇予告に「やむをえない事由」があるといえるかをまず検討する。

債務者は申請外会社の設計部門を担当することを主たる業務としていること、昭和六二年ころには宇田川地区再開発事業に関する業務が申請外会社の中心的な業務になっていたこと、平成元年一月二六日ころに準備組合は申請外会社に対して再開発事業に関する契約の解除をしたことが一応認められることは前記のとおりであり、疎明資料及び審尋の結果によれば、再開発事業に関する契約の解除により申請外会社の売上高は大幅に減少したこと、債務者においては平成元年ころには申請外会社が受注した宇田川地区再開発事業に関する業務の設計部門を担当することが業務の大部分を占めており他には売上を計上できる業務はほとんどなかったこと、申請外会社に対し再開発事業に関する契約の解除がなされたため債務者も宇田川地区再開発事業の設計部門を担当することはできなくなり売上高は大幅に減少したこと、申請外会社の昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの決算は売上高が八四五五万七〇〇〇円、家賃収入が三八三万五〇七〇円で販売費及び一般管理費が一億五四八七万四二四六円であって営業損失が六六四八万二一七六円、当期未処理損失が六一八一万五二〇七円という多額の赤字となったこと、債務者の昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの決算は売上高が六〇〇〇万円で販売費及び一般管理費が五九三七万二七七五円であって営業利益が六二万七二二五円、当期未処分利益が三三万七一七一円と若干の黒字とはなっているものの、売上高の六〇〇〇万円は決算書類上の帳尻をあわせるために実際にには存在しないにもかかわらず債務者から申請外会社に売上があったものとして計上されているものであって、実質的には多額の赤字決算であることが一応認められる。

以上によれば、本件解雇予告がなされた平成元年三月当時には、債務者は売上の大部分を占めていた業務を失っており売上の計上を見込める業務もほとんどなく高度の経営危機の状態にあり人員整理を行わなければならない状況であったことが一応認められ、本件解雇予告には「やむをえない事由」があったものと一応認められる。

また、本件解雇予告当時債務者には債権者、高畑邦弘及び五十嵐智恵子の三人の従業員がいたことが一応認められることは前記のとおりであるが、疎明資料によれば、高畑邦弘は容積計算、資料作成の能力が高く、五十嵐智恵子は庶務会計事務を一人で担当しており債務者にとって必要不可欠であったために人員整理の対象者として債権者が選ばれたことが一応認められ、解雇対象者の選定に格別不合理な点はみとめられず、その他に本件解雇予告が解雇権の濫用にあたることを窺わせるような疎明資料はない。

したがって、本件解雇予告は有効であり、本件申請のうち本件解雇予告が無効であることを前提とする部分は被保全権利について疎明がないというべきであり、この部分につき保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではない。

四  次に、債権者は平成元年二月分及び三月分の給料の未払い分として一四万円並びに昭和六三年六月から平成元年三月までの超過勤務分の給料として一〇〇万円の合計一一四万円の金員の仮払いを求めているので、この点について判断する。

1  超過勤務分の一〇〇万円について

債権者は、債権者の勤務時間は午前九時三〇分から午後三時までであったが昭和六三年六月一五日以来毎日午後六時まで三時間の超過勤務をしてきており昭和六三年六月から平成元年三月までの超過勤務分の賃金として少なくとも一〇〇万円を請求できると主張するが、以下に述べるとおり疎明資料によれば、債権者の勤務時間は午前九時三〇分から午後六時までであったものと一応認められる。

すなわち、債権者の陳述書には、採用の面接を受けた日の当日の約束では勤務時間は午前九時三〇分から午後三時までであったとする部分があるが、右陳述書にはその日のうちに勤務時間は午前九時三〇分から午後六時までと変更されたという記載があること、また債務者の河合取締役が平成元年三月二七日に作成した「覚書」と題する書面には採用の面接の際に債権者の勤務時間は午前九時三〇分から午後三時までと決められたとの記載があるが、同人は右面接には最後まで立ち会っておらず、最終的な合意の内容については知らなかったものであることからすれば、債権者の勤務時間が午前九時三〇分から午後三時までであったとする疎明はないものといわざるをえず、かえって債務者の代表取締役の陳述書によれば債権者の勤務時間は午前九時三〇分から午後六時までであったものと一応認められる。

したがって、超過勤務分の一〇〇万円の仮払いを求める点については被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではない。

2  平成元年二月分及び三月分の未払い給料分一四万円について

債権者の給料は月額三〇万円であったこと、債権者に対しては平成元年二月分及び三月分の給料として二三万円しか支払われていないことは当事者間に争いがない。

債務者は債権者の同意を得て平成元年二月分の給料から月額を二三万に減額したと主張するが、債務者の代表取締役の陳述書にも債権者から賃金の減額の同意を得たことについての記載は全くなく、この点についての疎明はないといわなければならない。

しかし、金員の仮払い仮処分はいわゆる満足的仮処分であり、他の仮処分にくらべてより高度の保全の必要性が存在しなければならないが、債権者からは債務者に解雇されたということ以外に一四万円の金員の仮払いを受けなければならない保全の必要性についての主張、疎明はなく債権者に対し一四万円の金員の支払いについて本案訴訟において勝訴したのと同様の保護を与えなければならない程の高度の必要性は認められないというべきである。

五  結論

以上のとおり、本件申請はいずれも失当であるから却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山本剛史)

債権目録

一 金一四万円

但し平成元年二月分及び三月分の給料のうち支払われなかった分として

二 金一〇〇万円

但し昭和六三年六月分から平成元年三月分の超過勤務分の給料全額として

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